息子の誕生日に考えたこと

 

昨日は息子の誕生日だったので、

今日は恵比寿にあるベトナム料理店に行って

ささやかなお祝いをした。

 

ベトナム料理にしたのは、

本人がアジアンエスニックをリクエストしたから。

恵比寿駅から5分足らずの「ニャーベトナム」は、

本格的なベトナム料理を出す店で、

けっこう人気が高く、

土曜のランチはとても賑わっていた。

3人で7~8品アラカルトで頼んで、

酒や誕生日プレートのデザートも取って、

1万3千円強だったので、

値段も手頃な部類に入ると思う。

 

息子は28歳になるが、

本屋から製本の会社に転職して9カ月、

自由に楽しくやっているようだ。

仕事とは関係なく、知的好奇心が旺盛で、

やたらと本を読んでいて、

特にSFや歴史に関する知識が豊富のので、

いつも内心、感心して聴いている。

 

別れた後、なぜかちょっと感傷的な気分に襲われた。

あと何回こいつと会えるのか?

そして、僕らは彼らのために何を遺せるのか?

そんな思いにとらわれた。

 

息子に限らず、彼らのような若い世代にとって、

僕たちは日本の経済が好調な時代、

リアルタイムで昭和カルチャー・

20世紀カルチャーの恩恵を受けた世代と映る。

昔から彼はそれが羨ましいと言ってきた。

羨ましがられる僕らって何だろう?

何か役に立つことをしたわけでないのだが。

 

いま、未来に良いイメージを抱くのは難しい。

大人たちは良かれと思って、

歩きやすいよう道を平坦にしているが、

若者にとって舗装された道を

てくてく歩くだけの人生なんてつまらないだろう。

 

その一方で、地球は持続可能なのか、

僕たちが享受している豊かな社会は持続可能なのか、

まだまだ先がある若い連中は、

よほど脳天気でない限り、心配になっている。

 

あと何年生きるのか、

あと何回息子の顔を見られるのかわからないが、

子どもに何を遺せるのか、

どう次の時代につないでいくのか、

課題を持ってやっていこうと思う。