子どもたちが探しまわった古文書は仏像や古地図が所蔵してある部屋にしまわれていた。住職――大善の父は村長からの連絡を受けてそれを取り出しておいた。
翌日、村長以下、村のお偉方はがん首揃えて麟風寺を訪れ、住職――大善の父に古文書を見せてくれるよう願い入れた。
住職は彼らを客間に通し、とっておきの黄金に輝く法服を着て出迎えた。そして訴えを聞くとまるで時代劇のように大仰な間を取り、両手を合わせて目をつむった。そして読経を始めた。村長らも慌てて手を合わせ、首を垂れる。
一分ほどのち、住職は目を開き、傍に法具の上に用意してあった古文書をしずしずと村長らの前に取りだし、一枚ずつ広げて見せた。ミミズがのたくったような黒々とした文字が黄ばんだ和紙にえんえんと書き綴られている。村長らは食い入るような目つきでその文字の列を追っていたが、何が書いてあるのやら、さっぱり読めない。住職はいつにない厳かな口調でそこに書いてあることを解説した。
そして絵を見せる。どれも子どもの落書きみたいな絵だが、たしかに怪物らしきものが描かれている。
全員が深いため息をつき、客間はしばし沈黙に包まれた。
「これは間違いありませんな」
最初にそう声を発したのは、観光課長の田中だった。
「他の湖にはこれほどの資料はありますまい。動かぬ証拠です。ナッシーは間違いなく、日本のネッシーの一番手です」
「けどなぁ」
そう異議を唱えたのは副村長の山田だった。
「他のところには写真があるんだよ、写真が。ナッシーにはあるのか?」
「たしかありますよ、何枚か」
「なんかコブが水から突き出していたりとか、ぼんやりしてて何だかわからない黒い影が映ってるのしかないだろ。おお、これは恐竜だっていう決定的なやつはないの?」
「そんなの他のところにだってないですよ。みんな似たり寄ったりだ」
そこでけんけんがくがくの議論になり、結局、決め手は写真で、古文書はその付属品に過ぎない、という話になった。住職は憤まんやるかたない思いを抱いたが、とにかく村をあげての大事業だから協力すると約束してその場は収まった。
子どもたちは隣の部屋でふすま越しに耳を澄ませ、この会合の一部始終を聞いていた。胸が湧きたつのを感じた。そして、なんとか自分たちでナッシーの写真を撮ろうと画策し、プロジェクトチームを結成した。
カメラを持っているのは、タカシとユキヒロだ。他には女子の中にもいるかもしれない。そんなわけでタカシがリーダーとなって学校で募集をかけると、全部で十二人が参加した。
プロジェクトはずんずん進んだ。カメラマンと見張り役二人、三人で一チームとし、学校が終わって夕暮れまでの間、交替で奈々湖を見張ることにした。
彼らの空想は限りなく広がった。それまでのほほんとした長閑な佇まいだった奈々湖は、急にミステリアスでオカルト感に満ちた、底なしの不気味な湖に見え始めた。
子どもたちは会議も開いた。たいてい「緊急会議」とか「重要会議」とか「特別会議」とか、ものものしい名前がついていた。そこでは一日二時間くらいでは時間が足りない、という意見が出たが、夏休みになったら一日中見張りをしよう、ということで解決策が決まった。
しかし、そんな盛り上がりは長くは続かなかった。何日見張っても、奈々湖には何も現れない。ときどき水音がするので何かと思って見ると、水鳥が羽根をバタバタさせているだけだったりした。
当初、メンバーは皆、「おれたち、すごいことやってる感」がしていたので、そんなちょっとした異変にも色めき立って面白かったがすぐに飽きた。何回か経つうちに退屈になってきて、だんだんサボるチームも出てきた。
つづく
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