食事の時、よく義母とカミさんがケンカになる。
原因はほとんどの場合、義母のマナーだ。
「いただきます」をする前からパクパクつまみ食いをする。
さらに舐りばし、迷いばし、
また、箸を持ったまま人を指す。
これらをやると「やめなさい!」と、
カミさんがカッカする。
怒られるのがわかっているので、
本人は一応「わかりました」というふりをするが、
こちらがちょっとスキを見せると、すぐまたやってしまう。
むかしはこうした親子の関係は真逆で、
義母が娘であるカミさんの食事のマナーを
厳しくしつけていたはずだ。
人生大逆流。
違うのは、子どものマナーを叱る場合は、
他人と気持ちよく暮らせるように、
また、自分という人間の品位を保てるようにという
正当性と将来への思いやりがあるのだが、
認知症患者の場合は、それがまったくないこと、
意味をなさないことである。
何と言っても、いったんおとなになってしまっているので、
それなりに人生の蓄積とプライドがあるため、
苦情を言われれば表面上はやめるが、
心の底では素直に従うつもりがない。
それで娘(カミさん)のほうは
ますますカッカしてガミガミいう。
諍いが起こるとめしがまずくなるし、
どっちもへそを曲げるとかなり厄介なので、
まぁまぁとそれぞれのご機嫌を取って
平和を維持するのが大変だ。
たびたび書いているが、認知症患者である義母の
言動を観察していると、どういう部分が
人間の生まれ持っての本質的なところなのか。
どのへんが後天的に身につける
社会人としてのパートなのか、よくわかる。
認知症患者との生活に未来に繋がる何かを見出すとすれば、
こうした人間研究の分野だろうか。
ただ、「超高齢社会では高齢者の5人に一人が認知症」と
言われるようになってから、
どんどん認知症への理解度と
認知症患者を取り巻く状況は変わってきており、
社会参加とか、認知症患者の未来などについても
積極的に語られるようになっている。
ひと昔まえの「ボケ」とか「痴呆症」とかの一言で
片付けられていた時代とは雲泥の差がある。
家族がなるか、自分がなるか、多くの人にとって
自分ごとになる可能性を持つ問題でもあるので、
いろいろ勉強していこうと思っている。
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