「この曲はカーペンターズの曲だと思っているだろ?」
と、中学生のある日、ロック好きの先輩に聞かれた。
彼がそんなふうに聞いてくるのは、もちろん、
じつは違うんだということを物語っている。
僕がうなずくと、案の定、彼はいつもの通り、
いつまで女・子どもの聞く音楽を聴いているんだ、
男はロックだ、ウンチャラカンチャラと、
カーペンターズをひとくさり、ディスった後で、
「これはもともとレオン・ラッセルの曲なんだよ。
よく憶えておけ」と言ってレコードを聴かせてくれた。
酒と煙草の匂いがプンプンしてくるような、
めちゃくちゃクセのあるピアノと歌い方。
洗練され、万人受けするカーペンターズの
ヒット曲とは確かに違う、
大人の男の「ア・ソング・フォー・ユー」がそこにあった。
1970年リリース。
レオン・ラッセル初のソロアルバムに収められたこの曲は、
当初、大したヒットにならなかった。
しかし、カーペンターズがカヴァーして
世界に知られるようになって以降、
たちまちその魅力に多くの人が酔いしれた。
そして、ジャズやブルースが好きな歌手なら誰もが
一度は歌ってみたいと言う名曲に昇華した。
僕の場合、約50年前の先輩の洗脳が効果を発揮していて、
いまだに誰が歌うよりもラッセルの
オリジナルが最高だと思っている。
この歌にはまた、東京に来て初めて
水商売のバイトをやった時の思い出も沁み込んでいる。
僕が勤めていた池袋の店にはバンドの生演奏が入っており、
「ア・ソング・フォ・ユー」は、
彼らのレパートリーの一つになっていた。
店内にはちょっとしたダンスホールがあり、
この曲が始まると、必ずお客のカップルが出てきて、
ミラーボールが回る中でチークダンスを踊っていた。
僕にとっての夜の商売の世界の原風景。
音節の間から立ち上る酒と煙草の匂いは、
おそらくそこから来ているのだろう。
レオン・ラッセルは他にも「スーパースター」
「ディス・マスカレード」
(いずれもカーペンターズがカヴァー)
といった今ではポップスのスタンダードナンバーに
なっている名曲の数々を生み出した
稀代のシンガーソングライターだ。
ところが、なぜか今、彼の知名度は異常に低く、
あまり語られることのないミュージシャンになっている。
ネット上の情報もこれほどの大家の割には驚くほど少ない。
「僕は人生の中でたくさんの場所にいて、
たくさんの歌を歌ってきた
けれども今、僕はきみのためにこの歌を歌っている」
僕個人のいろいろな思い出を抜きにして、
誰の胸にも響く素晴らしい歌であることは疑いようもない。
すでに天国の人となったレオン・ラッセル。
誰かのカヴァーを聴いてこの曲と出逢ったのなら、
ぜひ生みの親のことも知ってほしいと思う。
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好きな曲・アーティストがいたら、ぜひ覗いてみてください。
もくじ
1 5年間/デビッド・ボウイ 【1972】
2 愛にさよならを /カーペンターズ 【1973】
3 ドント・レット・ミー・ダウン/ザ・ビートルズ 【1968】
4 嘆きの天使/ケイト・ブッシュ 【1978】
5 ソー・ロンリー/ザ・ポリス 【1978】
6 スワロウテイル ~あいのうた~ /イェンタウン・バンド 【1996】
7 青春の影/財津和夫(チューリップ) 【1974】
8 ボール&チェーン/ジャニス・ジョプリン 【1967】
9 ハッピークリスマス/ジョン・レノン&ヨーコ・オノ 【1971】
10 翼をください/山本潤子(赤い鳥) 【1971】
11 スキャットマンズ・ワールド/スキャットマン・ジョン 【1995】
12 クレア/フェアーグランド・アトラクション 【1988】
13 デジャ・メイク・ハー/レッド・ツェッペリン 【1973】
14 タイムマシンにおねがい/サディスティック・ミカバンド 【1974】
15 キエフの大門/エマーソン・レイク&パーマー 【1972】
16 少女/五輪真弓 【1972】
17 ジュニアズ・ファーム/ ポール・マッカートニー&ウイングス 【1974】
18 トムズ・ダイナー/スザンヌ・ヴェガ 【1984】
19 マーチ・オブ・ザ・ブラッククイーン/クイーン 【1973】
20 なごり雪/イルカ 【1975】
21 忘れじのグローリア/ミッシェル・ポルナレフ 【1973】
22 夢見るシャンソン人形/フランス・ギャル 【1965】
23 同志/イエス 【1972】
24 悲しき鉄道員/ショッキング・ブルー 【1970】
25 タワー/エンジェル 【1975】
26 ロッホ・セヌ―/ランパ 【1990】
27 レディ・ラック/ロッド・スチュワート 【1995】
28 残酷な天使のテーゼ/高橋洋子 【1995】
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