名古屋の母と母校の話

 

施設に入っている実母の見舞いで名古屋に行く。

電話でもそうだが、ぼくには「元気だ」

「だいじょうぶ」としか言わない。

 

けれどもスタッフの人に聞くと、

最近、朝起きられなかったり、

時おり、意識が飛ぶこともあるようだ。

 

一番の懸念は食欲がないことである。

多くても半分、少ないときは1,2割くらいしか

食べないらしい。

あと何か月だろう?と考えてしまった。

とりあえず年内か、と覚悟した。

穏やかに終わりを迎えることを祈るばかりだ。

 

帰りに少し時間があったので、歩いて母校の高校に寄った。

実は3年ほど前に歴史を閉じたと聞いた。

市内の他の工業高校と併合されたのだ。

 

愛知工業高校は、

昭和の前期から高度経済成長の昭和40年ごろまでは、

愛利県きっての名門校だった。

 

僕が在籍した昭和50年代には

相当、質が落ちていたと思うが、

それでもまだブランド力は健在で、

大人から「いい学校に行っている」と言われた。

イメージと実態は相当かけ離れていたが。

 

今回のニュースを聞いて

老境に入ったOB(たぶん70代半ば以上)は

ショックで泣いているかも知れない。

 

敷地の広さも名古屋の高校としてはトップクラスだった。

広大な敷地の半分は新しい普通高校に、

半分はショッピングモールになる模様。

 

多くの高校が大学の予備校と化す今、

工業高校の役目は終わった、

というか、とっくに終わっていたのだと思う。

日本の産業構造が変わった証に見える。

延命処置はもういらない。