Supper's Ready「晩餐の支度」。
1972年リリース。
ディナーを前に恋人と抱き合った男が
瞬間的に見る幻想の数々。
オカルティックであり、ユーモラスでもある
その幻想の旅をストーリー仕立てで綴った楽曲は、
半世紀後の今も燦然と輝く
1970年代プログレッシブロックの最高傑作である。
彼女の体を抱きしめたとたん、
男の心の奥底にある不安や恐怖や邪な思いがあふれ出し、
様々なシーンやキャラクターとなって一種の悪夢を作り出す。
その素材となっているのはイギリスの歴史、
御伽噺や寓話、幻想文学、
そしてキリスト教文化の世界観。
それぞれのシーンに深い意味や思想性があるわけではないが、
それらを一つの楽曲として織り上げたセンスと技術がすごい。
バックの演奏も素晴らしいが、
特にこの曲を名曲の極みに持って行ったのは、
この時のヴォーカリスト、
ピーター・ガブリエルの独特の歌唱スタイルだ。
ガブリエルがジェエシス時代に築き上げたスタイルは、
自ら物語の主人公となって、その心情のみならず、
情景描写、他の人物のセリフ的な部分まで歌い分けること。
分かりやすく言うと、ミュージカルっぽい表現手法だが、
こんな奇抜な表現力をロック音楽の中で発揮できたのは、
先にも後にもガブリエルしかいない。
彼は後年、バンドを脱退し、
このスタイルを捨てて、本格的な歌手への道を歩むが、
ジェネシスのヴォーカリストとして遺したものは
他では聴くことのできない秘宝となっている。
ちなみにジェネシスは、最もビートルズに近い
プログレバンドである。
「サージェントペパーズ」などで
ビートルズが行なった実験音楽を発展させたのが
プログレッシブロックだとすれば、
それを一番忠実にエッセンスとして取り入れていたのが、
ジェネシスだ。
リアルなラブソングと
幻想・非日常の世界・ドラマを絶妙なブレンドで表現する。
この曲の中でも端々に、また、構成全体からも
「サージェントペパーズ」や「アビーロード」の影響、
ナンセンスファンタジーみたいな歌詞には
ジョン・レノンの影響が感じ取れる。
1975年にガブリエルが脱退した後、
ドラムのフィル・コリンズがヴォーカルとなり、
プログレを捨てて、ポップロックに転向して大成功を収めたのも
そんなバンドの成り立ちと歴史が要因ではないかと思う。
この時期のジェネシスは
「シアトリカル・ロックバンド」の異名を取り、
ピーター・ガブリエルが奇妙奇天烈な扮装で歌い踊るという
すごいパフォーマンスを見せていた。
そのライブ映像も楽しくて見ものだが、
今回は曲の全体像がわかるので、
あえてイラストで疑似アニメーションにした映像を選んだ。
20分超の大曲をイラスト化した労作で、
作者のジェネシス愛、ガブリエル愛が伝わってくる。
僕はELPを聴いて以来、
中学生の頃からプログレマニアだったが、
ジェネシスはそんなに聴かなかった。
その楽曲の持つ魅力と真価と普遍性に気づいたのは
割と最近のことである。
ピンク・フロイドもキング・クリムゾンも
今となっては懐メロ感が拭い去れないが、
ジェネシスはいまだ僕の中で進化を続け、
刺激的なイメージを送ってくる。
コメントをお書きください
あいりす34 (火曜日, 04 7月 2023 13:50)
私がこのアルバムと出会ったのは高1の頃、どちらかというとポップロック派だった私がプログレ派だった友人の影響を受けて気に入った唯一の盤でした。前半のフィル・コリンズのドラムによる疾走感が好きで今でも時々聴いています。
さすが台本屋さんだけあってこの曲にある背景が高いディテール感で伝わってくる素晴らしいライナーノーツになっていると思います。