義母は歌が好きで、デイサービスに行ってもしょっちゅう
自発的に歌っているらしい。
スタッフの人から「コーラス部とかに入っていたんですか?」
と聞かれるが、娘であるカミさん曰く、
少なくとも自分が生まれてからは、
そんなことは一度もないし、
若い頃もそんなことをやってたなんて聞いてないという。
コーラス部どころか、家族でカラオケに行っても
一度も歌ったことがないという。
義父が関白亭主だったので、
目立つようなことをしてはいけないという
気持ちが働いて抑えていたのではないか、
というのがカミさんの意見である。
家でもフンフンいつも鼻歌みたいなのを歌ったり、
CDを聴きながら歌っているが、
そういえば、僕と散歩に行くと歌わない。
代わりに僕が歌うと笑う。
秋なので「もみじ」と「どんぐりころころ」を歌うとウケる。
べつに夫婦仲が悪ったわけではないけど、
義母が我慢することで家庭のバランスが
成り立っていた部分が多いのかなとは思う。
これは特別なケースではない。
現在の高齢者=戦前生まれの女たちの標準的な生き方だったのだろう。
昭和の時代は現代との比ではなく、
男尊女卑が蔓延していた。
いま、高齢の認知症患者に女性が多いのも、
そうした自分の欲望とか、望んだことを抑圧し続けた結果
なのかもしれない。
もちろん、因果関係はわからないけど。
認知症になって第2の人生を送る義母は、
第1の人生と同様、とても人を気遣う優しい人である。
けれども歌うことについては遠慮することはなくなったようだ。
それは幸せなことだと思う。
みんな自分は認知症になったらどうしようと
びくびくしているみたいだが、
認知症になって、部分的にかもしれないけど、
幸福を手にする場合もあるのではないか。
人に迷惑をかけちゃいけないと、
最後の最後まで自分を抑圧して、遠慮し続けて、
葬式で「よい人でした」と言ってもらって、おしまい。
それは幸せなんだろうか?
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