ぼくがバイバイと子どもたち手を振ったら、
満面の笑みをたたえて手を振り返す3歳くらいの女の子がいた。
何度も振り返って手を振り、ひとりで林の中に入っていく。
かわいいなぁと思ってずっと見送っていたのだが、
ちょっと変なことに気が付いた。
その子の親とか保護者らしき大人が見当たらない。
面倒を見るきょうだいもいない。
あんな小さな子がこんな広い公園にひとりで遊び見来ているなんて不自然だ。
気になってぼくはその子の後を追い駆けた。
どんどんひとりで林の奥に入っていき、
一本の古い大きなクスノキのところで立ち止まった。
と思ったら、頭から木の中へダイブした。
まるでネコのように。
慌てて駆け寄って見ると、太い幹の真ん中に大きな穴があいている。
そこで、ははんと勘づいた。
あの子はざしきわらしである。
ネコとネズミは頭が入るところならどこにでも潜り込めるというが、
ざしきわらしもそうなのだ。
木の穴の中は真っ暗で何も見えない。
その奥には妖怪の国が広がっているに違いない。
そういえば、時おり、妖怪が現代の日本の都市に観光旅行に来ている
という話を聞いたことがある。
妖怪の国——妖怪の故郷は、
古き良き懐かしき日本である。
森があり、林があり、田んぼがあり、畑があり、
藁ぶきや木造で土間のある家があり、
木造りの学校がある。
祝いがあり、呪いがあり、婚礼の行列があり、葬列がある。
便利で豊かな暮らしには不要とされる様々なもの、
失われてしまったものがたくさんある幻の故郷。
100年前、200年前に、人間になることなく死んでしまった子どもたちが、
ざしきわらしとなって遊んでいるところ———
それはぼくたちの記憶にある故郷でもあった。
京極夏彦氏の妖怪規約。
妖怪とは、前近代的で、民俗学的で、通俗的である
——それはすなわち、日本人によって懐かしいものである。
妖怪のいるなつかしい日本にもう一度帰りたいとは思わないが、
ときどき観光旅行には出かけたいと思う。
ざしきわらしは連れてってくれるだろうか?
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