恐竜が大好きな男と大福が売り物の和菓子屋の娘は
幼なじみだった。
幼稚園に通っていた頃まで、ふたりは犬っころにように、
いつもいっしょにじゃれあって遊んでいた。
おとなになったら結婚しようと約束までしていた。
だがじつは男はそんなことより恐竜に夢中だった。
彼らの暮らすその山間の集落の近くには大きな湖があり、
そこには謎の生き物が住んでいるという伝説があった。
「それはね、絶対に恐竜なんだよ」
彼にそう言ったのは、一つ年上のお寺の住職の息子だ。
1000年以上の歴史を持つそのお寺には、
湖に住む怪物の伝説がいくつも残されているという。
男と住職の息子は夢を見た。
1億年のはるか昔、
この集落の一帯を巨大な恐竜が歩き回っている姿を。
そんな男たちのバカげた夢に、
和菓子屋の娘も付き合った。
娘はいつもおやつにお店の美味しい大福を持ってきてくれた。
そして一緒に耳をすませて聞いた。
白亜の空にとどろく咆哮を。
学校に入り、年頃になり、だんだんおとなになるにつれ、
いつかそれは恐竜時代ほども遠い過去の記憶になっていった。
時は過ぎ、恐竜男も、和菓子屋の大福娘も、お寺の住職の息子も
まともな社会人になった。
恐竜男は東京の大学へ行き就職して働いていた。
が、会社がつぶれ、付き合っていた女と別れ、
もう東京暮らしに嫌気がさしていた。
和菓子屋の娘は関西の大学に行き、
そこで出会った、明治の文明開化期から続く
由緒ある神戸の有名洋菓子店の
ボンボンと結婚して玉の輿に乗った。
ところがそいつは最悪のDV男で、
家のしきたりにもついて行けず、結局離婚した。
寺の息子は、修行して寺を継ぐべく副住職になった。
しかし檀家はどんどん減り、お布施も減り、
今や寺の修繕費も賄えない状態だ。
恐竜男は一つの野望を持った。
故郷で民泊を開こう。
というのは、彼の故郷が
隠れたパワースポットとして地味ながら、
近年じわじわと観光拠点として知られてきている―ー
という話を、たまたま居酒屋で知り合った
スコットランドから来たバックパッカーの
マイケルから聞いたからだ。
マイケルの実家はインヴァネスで
フッシュアンドチップス屋をやっているという。
彼の興味は、おいしいフッシュアンドチップスと、
イギリスからのスコットランド独立運動と、
日本のラーメンとパワースポットにある。
そして「歴史は変わる」が彼の口癖だった。
インヴァネスと言えばネス湖観光の拠点の街。
「僕はすべての日本人に言いたい。ネス湖を見て死ね、とね」
と、マイケルは言い残し、スコットランドへ帰っていった。
大福娘の育った和菓子屋ももう店をたたむ
一歩手前に追い詰められていた。
離婚した彼女は子どもを抱えて戻ってきていた。
「恐竜大福」「恐竜団子」「恐竜饅頭」を
名物にして売りたいという野望を持っていた。
二人はお寺の息子を巻き込んで、
観光事業によって過疎化が進む故郷
をよみがえらせる事業計画を立てる。
そのカギとなるのが、かの恐竜伝説だ。
彼らの脳裏に子どもの頃の思い出と、
太古の遺伝子の記憶が同時によみがえる。
「すべての日本人よ、恐竜を見て死ね」
そんなキャッチフレーズのもと、
3人は過疎化が進む故郷をよみがえらせようと活動を始めた。
その故郷再生プランは、彼らの人生再生プランと重なっていた。
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