●マトリューシュカみたいな現代のロシア民話
「終活映画」という振れこみで公開された
「私のちいさなお葬式」。
銀座の映画館に観に行ったが、チラシやサイトを見て
想像していた作品とは少し印象が違った。
終活映画というより、
現代のロシア民話みたいな印象を受ける。
映画館の販売店でお土産に
マトリューシュカを売っていたが、
マトリューシュカみたいな感じの映画――
というと雰囲気が伝わるかな。
●ユーモラスだけどシュール
主人公のおばあちゃん先生エレーナは、
可愛くてユーモラスなんだけど、
どこかシュールな不気味さも持っている。
だいたい、まだ死んでもいないのに
検死医のところへ死亡診断書を書かせたり、
自分で役所に行って埋葬許可証を出させたり、
棺桶を買い込んで、自分で自分の葬式の準備をする。
めちゃくちゃシュールなキャラである。
いわゆる終活映画の半分くらいはコメディだ。
その理由は、やっぱり人間、
行き着く所までたどり着くと、
社会人として活動していた頃には陰に隠れていた、
どうしようもなく滑稽な部分が現れるからだと思う。
それに加えて、わけのわからない
シュールでアバンギャルドな部分も
むき出しになってくる。
年寄りは敬うべきだけど、
それと同時に僕はいつも笑っている。
うちの90歳の母も、84歳の義母も、
オーガニックなボケをかまして、
僕を面白がらせてくれる。
●鯉は秘密の隠し味
もう一つ、この映画の民話っぽさというか、
シュールなおとぎ話感を演出しているのが、
余命宣告を受けたエレーナが、
その帰り道で出会う「鯉」である。
この鯉は、これも彼女の教え子だった、
偏屈そうなおっさんが、
湖で釣り上げ、頭をボコボコに打ち付け、
気絶させたのをあげると言って、
ほとんど無理やり押し付けるのだ。
彼女はしかたなく受け取って家に帰り、
そのまま冷蔵庫の冷凍室に押し込める。
ロシア料理については、
ボルシチ以外よく知らなかっので調べてみたら、
「ウハー(Уха)」という魚のスープがあって、
これによく鯉が使われるという。
あんまりおいしそうではないが・・・。
最初はなんでこんな鯉のエピソードを引っ張るのだろう?
と思って見ていたが、
この鯉が、実はこの映画の大きなキーポイントなのだ。
後から気が付いたのだが、
「私のちいさなお葬式」というのは邦題で、
原題は「Thawed Carp」――「解凍された鯉」。
メタファー感、寓話感たっぷりのタイトルである。
●成功=幸福なのか?
エミーナとともにもうひとりの主人公とも言えるのが、
息子のオレクである。
僕もそうだが、まだ終活するには早い男は、
たぶん彼の立場から、彼の視線で、この映画を観ると思う。
これはこの息子が再生する物語で阿もある
彼は故郷を後にし、母親から離れ、
都会で暮らすビジネスマン。
それも成功して、お金持ちになっている風の男で、
自己啓発セミナーを主催し、
講師として、成功したい人々を導く―
そんな役割を担っている。
言ってみれば、お母さんと同じ「先生」なのだ。
ところがこの成功者であるはずの彼が、
あんまり、というか全然、幸福そうに見えない。
「居心地のいいところに安住していてはいけない。
目標をしっかり掲げて前を向いて進まなくてはいけません」
と彼はセミナーで集まった受講生らに説く。
僕もビジネス書・啓発本の類で聞き覚えのある言葉だ。
ところが、受講生の一人の女性から
「わたしの目標は幸福になることです」
と返されると、なぜかしどろもどろになってしまう。
講義の内容とは裏腹に、
彼自身がもう目標を見失ってしまっているかのようだ。
成功と幸福はちょっと違うものなのだろう、たぶん。
いや、まったく違うのだ、きっと。
日本でこういう成功セミナーをやったり、
本を書いたりしている人はどうなんだろうな?
と、ふと思いがよぎった。
これはこの息子が再生する物語でもある。
「解凍された鯉」とは、彼のことなのかもしれない。
●若くても観たら面白い
観に行ったのは、平日の昼間だったこともあり、
お客は年輩の、それも女性ばっかりだったが、
ちらほら若い人も見かけた。
「終活映画」という触れ込みだからしかたないと思うが、
自分には関係ないと思って無視するには、ちょっともったいない。
それほど、いろんな示唆と寓意に溢れた、
笑って深く考えられる、
大人のおとぎ話のような映画である。
若い人も観たらいいのではないかと思う。
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