●JOKER誕生の物語?
これは、バットマンのライバルとなる
あの究極の愉快犯「Joker」が
どのように生まれたのか?
ひとりの平凡な男が、
なぜ稀代の大悪党になったのか?
それを解き明かす物語だと思っていた。
観たいなと思った映画は、
いつもなるべく事前に情報を入れないようにしているけど、
どうしてもチラホラと小耳に挟んでしまう。
だから、子どもの頃、
親に虐待されたトラウマがどうだとか、
分断された格差社会の犠牲者だとか、
自分を貶めた偽善者たちへの復讐だとか、
いろんな悲劇の上に、
あの残虐な笑いを湛えたサイコパスが生まれた
――という説明がなされるのだと思っていた。
それをすごいクオリティでやってのけたから、
ハリウッド製のメジャーな映画は賞が獲れないとされる
ヴェネチア国際映画祭で最高賞を獲ったのだろう。
そう思ってた。
そうした先入観はぶち破られた。
●原因と結果はそう簡単に結びつかない
悲劇であることは間違いないのだ。
ジョーカーになってしまう主人公アーサーの
家庭環境は酷すぎる。
父親も母親もめちゃくちゃだ。
それが原因となって、
彼は精神障害を抱えて生きざるを得ない。
あのジョーカーキャラの最大の特徴となっている、
誤ってキノコのワライタケを食べてしまったような、
マッドで素っ頓狂な笑いは、その症状であり、
重い十字架になって、差別や誤解のもとになっている。
そして当然のように極貧の生活を送り、
社会の底辺から這い上がれない。
それでも彼は年老いた母親のために尽くす良い息子なのだ。
そんな彼を社会は蔑み、嗤い、潰そうとする。
その中にはバットマンも含まれている。
そりゃ可哀そうだ。
そりゃ恨んだり憎んだりもするわな。
そりゃ悪党・犯罪者になってしまってもしかたない。
・・・というふうに、
主人公に同情し、部分的に共感し、理解を示し、
この物語を解釈してしまうことも可能だ。
でもそんなにクリアに「わかった、理解した」とは
とても言えない。
そう言ってしまうと、とてもつまらない。
何か違う。
原因と結果がそう簡単に結びつくわけではないのだ。
●道化の仕事
主人公のアーサーには一つだけ希望の灯がある。
それは仕事だ。
道化の仕事。
もちろん底辺の仕事だが、
少なくともそれは奴隷労働ではない。
彼はいやいやそれをやっているわけではない。
人を笑わせることが好きなのだ。
それで自分もハッピーになれると信じている。
生きがいなのだ。
そしてそれは彼の夢である
スターコメディアンの道に繋がっている。
ロジカルに説明するなら、
アクシデントによってその仕事を失った時から、
彼が自分の中に潜む悪魔に気付き、
Jokerへの変貌が始まる。
けれどもやっぱりそう単純ではない。
●現実か妄想か
1970年代の最も治安が悪かった頃のNYC。
その負の部分を凝縮したかのような
ゴッサムシティを舞台にした
このドラマの中にはもっと不条理な何かが渦巻いている。
そこには機械化による人間性の喪失を描いた初めての映画、
チャップリンの「モダンタイムス」や、
主人公が破滅していく「タクシードライバー」や
「カッコーの巣の上で」などの
1970年代のアメリカンニューシネマの
オマージュも溶け込んでいる。
途中挟まれる、
隣人の女への愛が成就したかのようなシーン。
少し後にそれは彼の頭の中の
妄想だったことがわかるのだが、
その他も全て――殺人をはじめ、
この中で起こるドラマチックな出来事すべてが
アーサーの妄想に過ぎなかったのではないか、
という疑惑さえ抱かせる。
●「笑う」という行為の奥底に広がる宇宙
これは1週間以上前に観たのだが、
いったい何をどう書いていいのか、わからなかった。
そろそろ書けるかなと思って書いてみたけど、
やっぱりダメだった。
ただただ、圧倒的なクオリティ。
娯楽映画のはずなのに、その行間にある深淵がすごい。
悲劇も喜劇も、悪も正義も、
愛も憎悪も哀しみも、すべてを包みこんだ「笑い」。
人間の「笑う」という行為の奥底に
天使と悪魔がせめぎ合う宇宙が広がっている。
遥か昔から数多の作家や芸術家たちが、
その宇宙の秘密をつかもうとしてきた。
この映画は漆黒の宇宙に浮かぶ
星のカケラを見せてくれる。
僕はフェニックスのJokerに魅了されている。
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