アザラシの入江でヤギの乳を搾ってチーズを作る娘について

 

 その女の子は短大を卒業した後、なぜか農業に目覚めてアメリカ・メイン州の農場で働いていたそうだ。

 

 メイン州と言われても、ああ東海岸のほうか~という程度のイメージしか浮かばなかったが、その農場の名前は Seal Cove―ーつまり、アザラシの入江という。

 

 アザラシが集まってウオッウオッと鳴いているところで、メェメェ鳴いてるヤギのお乳を来る日も来る日も搾っている彼女の姿を思い浮かべたら、あまりに健気で愛おしくて抱きしめたくなってしまった。

 

 「フクシマさん、ぜんぜん違いますよ」

 「え、なにが?」

 「まずアザシはウオッウオッなんて鳴きません。それはアシカです」

 「ああ、そうか。きみの2・5倍も長く生きてるのに、アザラシとアシカの区別もついてなかった。

 ボーッと生きてんじゃねえよ!ってチコちゃんみたいに叱らないでほしい。ところでアザラシってどう鳴くんだっけ?」

 「知りませんよ」

 「だってきみの働いてた農場はアザラシの入江のそばにあったんだろ?」

 「それは大昔の話で、今はもう海から離れたところに移転してるんです。でも Seal Coveって名前だけは残してあるんです。ちなみにSeal Coveはこのあたりのリゾート地になっているんですよ」

 

 そっか~

 というわけで帰ってきてからインターネットで調べてみたら、あった。

 メイン州のSeal Cove。

 なんだか水平線のに落ちる夕陽が素敵そうな海岸だ。

 

 そして、Seal Cove Farmもあった。

 なるほど。彼女はここでヤギのミルクを取ってチーズを作っていたのだ。

 Goat Cheeseはこの農場の名物である。

 ミルクはちょっとくさいし、チーズはかなりクセがあるのだそうだ。

 でもたぶん、それで病みつきになるんだろうなと推測する。

 

 日本ではヤギのチーズって、世界のチーズを取り揃えているようなチーズ専門店に行かないと売っていないようだ。

 少なくとも成城石井では見たことない。

 しかし、欧米では結構ポピュラーで愛好者も多いと言う。

 アメリカ人は大好きらしい。

 

 ちょっと食べてみたいなと思う。

 チーズと来ればやっぱりワインだ。

 メイン州に行って、Seal Coveの夕焼けに染まる海と空を見ながら、ヤギのチーズをつまんでワインのグラスを傾ける。うーん、たまらん。

 

 ヤギの乳を搾っていた女の子は日本に帰ってきて今、神奈川に住んでいる。ブランド都市・横浜にいるのに、住まいは神奈川ですという人は珍しい。神奈川が好きなので、職場に近くても東京には住みたくないとまで言う。神奈川の海にもアザラシはやって来るのだろうか?

 

 Seal Cove Farmはだだぴろい割に人が少なく、結構ハードワークだったらしい。だからもうヤギの乳は搾りたくないと彼女は語った。

 メェ~。