孤独というパーソナルな問題に国政レベルで、つまり国家の税金を使って取り組む――その実現は当初、世界を驚かせたが、背景には政治的な環境が整っていたようだ。
2016年6月16日、ウエストヨークシャー州リーズ近郊でEU離脱の是非を問う国民投票集会の準備中、残留を呼び掛けていた労働党のジョー・コックス議員が右翼の男性に銃撃され命を落とした。このコックス議員が進めていたのが、孤独を撲滅するための政策作りだった。
彼女は自分の選挙区には低所得者層、退職者層が多く暮らしており、孤独が大きな問題になっていることを知って、政治力でこの問題を解決するべきと考えていたという。
そうした考えが形成されたのは、彼女の生育歴に関係するところがあったのかも知れないが、詳しいことはわからない。
彼女の死後、遺志を継ぐ形で「ジョー・コックス孤独問題委員会」が保守党・労働党共同で組織化された。同委員会は13の非営利組織と協力しながら孤独についての調査を実施。
2017年末、その調査結果が発表され「1日15本のたばこを吸うのと同じくらい健康に有害」「英国経済に320億ポンド(約4・5兆円)の損失を与える」などのデータを示した上で、孤独の慢性化はうつ病や心疾患、認知症などのリスクを高め、人間関係構築にも悪影響を及ぼすと指摘。そして政府のリーダーシップ、継続的なデータの必要性などを訴えた。
引き続き翌年――2018年1月になってメイ首相は孤独問題担当大臣を新設すると発表。スポーツ・市民社会担当国務次官を務めていたトレーシー・クラウチ氏がその初代大臣に就任した。
2018年10月に発表された政府戦略では、コミュニティーで人が集うスペース(パブやカフェ、アートスペースなど)を増やすための基金の拠出や、郵便会社ロイヤルメールと協力した配達員による見守りサービス、職場での社員の孤独に対する企業の取り組み、かかりつけ医が孤独を感じる患者に対して、必要な地域のサービスにつなげる取り組み、そして進展状況を記した年次報告書の発行などを盛り込んだ。
孤独の問題は高齢化や貧困、健康問題とも深く結びついており、英国のみならず世界中の国々(特に経済発展を終えた先進国)が抱えるテーマだ。
もちろん高齢者が年々激増している日本でも目を離せない。
誰にもみとられることなく自宅で亡くなる孤独死のニュースが伝えられるようになって久しいが、最近は日本郵便や新聞販売店などが見守りサービスを行う地域が増えている。
また、葬儀社や終活関連のコンサルタント業者が地域の団体と協力し、高齢者向けに同種のサービスを提供するケースも一般的になってきた。
一つ一つのアクションは地域社会や民間団体が日常的に実施するものだが、それを国政の一環として展開させていくところが現代的と言えるのかもしれない。
皮肉な見方をすれば、そこまでやらないと人々が関心を向けようとしないのだろう。
この英国政府の取り組みは、あまりに些細な事のように見える。
バカバカしいと思ったり、余計なお世話をするな、同じ税金使うなら他にもっとやることあるだろ、と怒り出す人も少なくないだろう。
それにもともと欧米人って、独立した自我を持つよう育てられ、孤独なんて当たり前と思っている民族じゃなかったか?
でも僕は、これは今後の人間社会全般の大きな変化の呼び水になっていくのではないかと思う。
人の孤独に心を配るという、ささやかで、日常的な蓄積が少しずつ人々の心を変え、やがて劇的に社会を変える――そんな可能性を秘めているというと大げさすぎるだろうか。
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