その時、正しいこと、良いことだと信じられていることが、実は大間違いということが、ままあります。
今日は書初めなので朝から創作活動に勤しみ、お昼にちょっと外の空気を吸おうと散歩に。
近所の和田堀公園まで行ったら、なんと池の水が干上がっている!
水を抜いてかいぼりの最中です。知らなかった。
暮らしていた生き物たちが今、どこにいるのか分からないけど、カワセミも来ることで有名なこの公園、水中ではいろいろな連中がいたようで。
在来種では僕も息子がチビの頃、一緒に取った手長エビをはじめ、ナマズとかウナギまでいたらしい。
イシガメも外来種に押されながら頑張って生きていました。
さすがにワニガメやカミツキガメのような危険生物はいなかったけど、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)は一大コミュニティを築いていたようです。
よく群れになって甲羅干しをしているのを見かけました。
外来種の氾濫はもちろん、飼いきれなくなって放してしまう人間の責任です。
そういえば僕も小学生の頃、ミドリガメを飼っていたけど、最後どうしたのか憶えていない。
たぶん、近所の公園の池に放して生態系を壊すことに繋がったのだと思います。反省。
でもその頃は、ミドリガメなどは大きくなったら狭い水槽では可哀そうだから、近所の池や川に放してあげましょう、自然に返してあげましょうとアナウンスされていました。
昭和40年代は、それが正しい行い。
生き物に対する思いやりのある行い。
子どもも大人もそう信じていました。
そんな昭和の古い常識を大掃除して、捨てるものと、遺し伝えていくものとをちゃんと仕分ける――そうした時代になっているのだと思います。
もちろん、いまの知識・常識が未来永劫不変のものとは限らないけど。
良いことも悪いことも、正義も常識も価値観も、時代によってどんどん更新される。
「知らなかった」では済まないこともたくさんあります。
本質を見抜ける目を養わななくてはね。
自分にとっての、お正月の抱負です。
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