この夏場所、残念ながら郷土の英雄・稀勢の里は途中休場してしまいましたが、依然として「ひよっこ」で盛り上がる茨城県。
先日から茨城の葬式の「撒き銭」の話をしているのですが、お金だけでなく、お餅やキャラメルなどのお菓子もばら撒くと聞いて、子供の頃、お嫁さんの出る家で「菓子撒き」をしていた(昭和40年代の名古屋の話です)のを思い出し、アレと関係があるのかな?と調べたら、ビンゴ!
民俗学博士である成城大学文芸学部の田中宣一教授の「祀りを乞う神々」という本。
その中の一文「散米と撒き銭」に詳しいルーツが書かれています。
もともと神道の打撒(うちまき)=散米(さんまい)に由来するもので、米を打ちつけて、ケガレや不幸をはらう風習なのだそうです。
節分の豆まきと同じみたいですが、厳密に言うと、対象となるのは鬼とか邪気とかではなくて、ちょっと低級な神様。
ここが「八百万の神」がいる日本らしいところで、神坐に鎮座する、いわば正式の神様とは別に、レベルの劣る、その他大勢の神様が、お祭りの時になるとうじゃうじゃ湧いて出てきて、お詣りするべき神坐へ向かう道をふさいでしまう。
なので、「はらう」のではなく、撒くというラフな形でお米を「お供えする」――つまり、神様へのお供えのスタイルの一つというわけです。
このお米が、お金・お餅・お菓子などに、下級の神様が、その地域の子どもをはじめ、民衆一般に転化し、「撒き銭」という風習になったとか。
ちなみに神社の「お賽銭」も同じルーツを持っています。
葬式で撒くのは、やはり長寿で亡くなった人が仏様=神様になったというお祝いの意味合いが強いようです。
かなり端折って紹介しましたが、この「撒き銭」は、江戸時代には全国の広い地域で行なわれており、山岳信仰で富士山などにお詣りのために上る人たち、お伊勢参りに詣でる人たちなどは、その旅程で、撒き銭を期待する地域の子供らが寄ってきたとのこと。
なんだか進駐軍に「ぎぶ・みー・ちょこれーと!」と集まってきた戦争直後の子供たちみたいだなぁ。
そういえば、あれも一種の「菓子撒き」ですね。
撒き銭をあげないと「ケチ」「ボケ」「カス」とののしられ、「途中で悪いことが起こるぞぉ」と、呪いまでかけられたそうです。
まったくしょーもないガキどもだ。
それにしても、いくら撒くのは小銭とはいえ、目的に辿り着くまであっちこっちでやっていたら、これだけで破産してしまいそうですね。
それとも、ある程度のお金持ちじゃないとやらなかったのでしょうか?
興味のある人は読んでみてください。
しかし「葬式の長寿祝いの撒き銭」という形で、なぜ、とりわけ茨城に伝えられ、最近まで残っていた(今でも残っている)のか?
そこのところはまだ謎のまま。
「ひよっこ」には朝ドラなので、よもや葬式シーンは出てこないと思いますが、もし出てくるなら、ぜひ、この撒き銭をやってほしいものです。
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