むかしのコロッケ、みらいのコロッケ、まあるいコロッケ

 

★コロッケはやっぱり「むかし」だ

 

 むかしむかし、「むかしのコロッケ」がありました。

 と言ってもそんなに大昔のことではなく、つい1年くらい前までです。

 うちの近所のスーパーマーケットで、それは毎週月曜日と火曜日に「広告の品」として1パック2個入り100円で売っていたのです。

 

 かなり大きなコロッケでした。

 そして大きいだけじゃなく、本当にむかし、僕が子供の頃、近所の肉屋で買ってきて食べていたコロッケのように、素朴で懐かしくて、おいしいコロッケでした。

 それを1パック2個食べたらおなかいっぱいになって、とても幸せな気持ちになりました。

 つまり、僕はその「むかしのコロッケ」が大好きだったのです。

 

 それになんと言っても、ネーミングがすてきです。

 「むかしのコロッケ」。

 ほのかな郷愁とともに食欲がそそられます。

 それに健康的で安心して食べられるイメージがあります。

 

★みらいのコロッケ、食べたい?

 

 これが「みらいのコロッケ」だったらどうでしょう?

 みんなが大好きな「みらい」ですが、食べ物に使うと、なんだか新種の添加物が入っていないかな?とか、

 もしや最先端バイオテクノロジーを駆使した“絶対に遺伝子組み換えだとはバレない”遺伝子組み換え技術を使って育てたジャガイモを原料にしているのではないかな、とか、

いろいろな疑惑を生み出しそうです。

 

 こと、食べ物のネーミングに関しては、安心、安全、健康、おいしい、やさしい、家族団らん・・・と、圧倒的に「むかし」の方が圧勝。「みらい」は完敗です。

 

★むかしのコロッケはこうして生まれた

 

 それにしてもこのネーミングはそれだけの理由なのだろうか?

 もっと何か深いドラマが「むかし」の裏にあるのではないだろうかと、僕は想像を巡らせました。

 

 こんなにおいしいコロッケなのだから、作っている人が気になります。

 僕の推理では、その人はやはりお肉屋さんなのではないかと思います。

 

 むかしむかし、明治時代から続く東京の下町の老舗お肉屋さんのおやじです。

 昔馴染みのお客さんたちに支持されて何とかやってきたものの、時代の激変を受けて商店街自体が傾斜し、さらに不運なことに病気でしばらくお店を休業したのがきっかけで、経営が行き詰まってしまいました。

 そして、ついにおじいさんの代から続いてきた由緒ある店を閉めることになってしまったのです。

 

 意気消沈するおやじに、うちの近所のスーパーチェーンの幹部になっていた友人が声をかけました。

 「あの味をうちの店の総菜として売り出さないか。

 いいギャラ出すぜ」

 

 こうしておやじは高額年俸で契約し、スーパーの厨房に入り、自慢のコロッケを揚げるようになり、たちまちそのおいしさがわが町の近所で評判になり、僕たちの心をがっちりつかんだのです。

 

★むかしのコロッケ消滅の真相

 

 ところが、この「むかしのコロッケ」は昨年3月末を最後に、もう月曜・火曜の「広告の品」として出てこなくなりました。

 なぜか?

 

 僕にはその理由に心当たりがあります。

 このスーパーの、道路を挟んだ斜め向かいに八百屋に毛のはえたようなミニスーパーがあったのですが、そこがちょうど昨年3月末に閉店してしまったのです。

 八百屋に毛のはえたような・・・と表現しましたが、品揃えは少ないものの、一応、肉も野菜も生鮮食品は一通り売っていて、どれも安くて品もそんなに悪いわけじゃない・・・ということで、じつは僕もどっちかというとそっちのミニスーパーでよく買い物をしていました。

 

 けれども月曜と火曜は「むかしのコロッケ」100円セールがあるので、大きいスーパーの方へ行く。行ったら、コロッケだけでなく、つい、ついでに何か買ってしまう。

 じつはスーパーにとって、このコロッケを2個100円、つまり1個50円で売るなんて、おやじの年俸を含むコストを考えたらとんでもない話なのです。本当はその倍の値段をつけたいのに。

 

 つまり、「むかしのコロッケ」は、ライバルのミニスーパーに対抗するための赤字覚悟の商戦ツールだったのです。

 しかしライバルが去れば、大きいスーパーはもう安心。もう無理して100円セールをやる必要もない。

 おやじは自由契約になり、どこかよその町へ行ってしまった。

 しかし、お客から「あのコロッケはどうしたんだ?」という声が届きます。

 

★まあるいコロッケ登場。だが・・・

 

 そこでスーパーは「むかし」に代わる新製品として「まあるいポテトコロッケ」というのを売り出しました。

 名前の通り、まんまるのコロッケ。そういえば、小学校の頃にこんなまんまるコロッケを食べたような記憶が・・・。

 かわいいネーミング、そして大人のノスタルジーをくすぐるような売り方ですが、「むかしのコロッケ」と比べると、味もボリュームもインパクトが数段劣り、よく言えばかわいい感、悪く言えば子供だまし感は否めません。

 

 というわけで、「むかしのコロッケ」は僕たちの記憶の中で生きる伝説となってしまった。

 ああ、また、食べたい。むかしのコロッケ。

END