ロバート・B・パーカーの「初秋」というハードボイルド小説があります。
主人公の私立探偵が、数日間、バレエダンサー志望の15歳の少年の父親代わりになるという話ですが、昔読んでとても感銘を受けました。
彼の両親は離婚していて、お互いの利己的な駆け引きの道具に息子を利用しようとしています。要するに子供を精神的に虐待しているのです。
それを察した探偵が双方をやり込め、少年のためにバレエの学校の学費を出させる。少年は入学し、自分の人生をスタートさせる、というストーリーですが、その探偵と少年の描写がとても情感に満ちており、またそれが引き締まった乾いた文体で書かれてあって素敵なのです。
バレエのことを考えると、その小説のことがついズルズルと出てきて、二人でボクシングの練習をしたり、大工仕事をするシーンが頭の中に展開します。
バレエダンサーに限らないけど、何かを求めて踊り続ける人には、それが女であれ男であれ、細くしなやかな体の中にとてつもない筋肉とエネルギーとドラマが秘められているのでしょう。
ところで、バレリーナ(バレエダンサー)を目指す女の子は数多いますが、男の子は少ない。
自分が子供の頃、そして息子のチビの頃を思い出しても、すぐ近くにそんな子は一人もいませんでした。
バレエは素晴らしい芸術だし、へたなスポーツをはるかに凌駕するほどの筋肉量・運動能力が求められるので、稽古もハンパない。
でもやっぱり、バレエをやる男性に対して、昔ほどではないにせよ、根強い偏見があるのは確かです。
たとえば親がバレエの先生だとか、周囲にダンサーがいるとかいう環境ならともかく、まったく無縁の子いきなり「ボク、バレエやりたい」と言ったら、周りはびっくりして「なんでこの子は男なのに・・・」と訝るでしょう。
何より親が「なんでサッカーや野球をやると言わないんだ!」と悩んだり、へたしたら怒り出すかもしれません。
なんでだろう?と、ちょっと考えてみると、女の子はだいたいお姫様ワールドへの憧れを入口にバレエをやり出すので、男の子もそれと同じく、王子様になりたいといった憧れを持ってやり出す、と思い込まれているフシがあります。
でもきっとそうではない。
ちゃんと調べたわけではないけど、男子がバレエをやり出すきっかけは、ちょうど武術をやりたい人と同じように、純粋にその運動の中に秘められた、美とエネルギーと人間おドラマを感じとるから。
そういう感性を持っているのだと思うのです。
長寿化が進むと、思いがけず、ふとしたきっかけでそうした感性が目覚める人が増えるかもしれません。
シルバーエイジになってから、人生をスタートさせるように踊り出す男が大勢出てきたら、きっと笑ってしまうでしょう。
でもやっぱり笑えるからいいのです。
笑って世の中が大きく変わるのではないか。
そんなような気がします。
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