ヒトラーの人間力

 

●負の部分への興味

 

  「ヒトラーが好きだ」とiいうわけではない。けれども「興味がある。それもかなり。

 これは僕だけでなくて割と多くの人がそう考えているのではないかと思うのです。その証拠にここ数年、ヒトラーに関する出版や映画がたくさん作られている。

 読む人・観る人がいなければ、こんな現象はあり得ません。

 

 僕の印象から言うと、こうしたリリースは21世紀になって以降、倍増という感じ。

 20世紀の間はヒトラーやナチスについてあれこれ語るのには重しがついており、少しでもホメたり共感しようものなら、その人間も罪人扱い(今でも多少あると思う)されましたが、世紀が変わって、その枷が外れたようです。

 

 最強警察国家アメリカの威光が衰えたせいもあるでしょうし、いろいろ研究が進んで、より多角的に、より深く、ヒトラーやナチスについて考えられるようになったせいもあるでしょう。

 僕は、人間や人間の組織の「負の部分」に目を向けたがるのは自然なことだと思います。

 

●帰ってきたヒトラー

 

 「帰ってきたヒトラー」は息子が面白いと言っていたドイツ映画。彼は原作本も読んだようです。

 公開されたのは6月で、僕は見逃していたのですが、先日、近所の2番館(下高井戸シネマ)でやっていたので観てきました。

 

  ヒトラーが現代にタイムスリップ。お笑い芸人としてテレビ界でスターになり、人々に受け入れられていく、という、あらすじだけ見ると荒唐無稽なコメディなのですが、そこには現代社会への痛烈な風刺・批判が込められており、すごく考えさせられます。

 以下、ネタバレ。

 

●本物だからウケる、でも誰も本物だと信じない

 

 ヒトラーがお笑い芸人になるのは、何も本人が積極的にそうするわけでなく、彼の言行を現代社会の枠に当てはめるとそうなってしまうということ。

 ドイツ国内でいかにヒトラーというキャラクターが公に露出しているかということが分かります。だからこの物語の中では、誰も彼が「本物」だと信じない。彼をヒトラーの演技が最高に上手い芸人とみなしてしまうわけです。

 当然、マスコミを通じて大人気になる。

 

 現代はインターネットがあるからそう簡単に情報操作はされないだろう、と思ったら大間違いで、結局ネット情報は「火に油」を注ぐことになっていく。

 

 物語の中で唯一、彼を本物だと見抜くのはユダヤ人の老婆ただひとり。

 彼女には直感で、こいつが芸人や俳優や詐欺・ペテンなどではなく、家族や仲間を殺戮した張本人だとわかるのです。

 描く側もさすがにこの大罪だけは見逃すわけにはいかない、ということでしょう。

 

 考えてみれば、ドイツ国内でも今や社会全体の8割方の人は第2次世界大戦を体験しておらず、伝説・物語・情報の中でしか、ヒトラーやナチスのことを知らない。

 日本など国外ならなおさらです。

 だから、興味があるとか、人気があるどころか、英雄視する輩が出てきてネオナチなどと名乗ってもおかしくない。

 

●なぜヒトラーは支持されたのか?

 

 以前から僕は、そして多分、多くの人は、あの1930年代、どうしてヒトラーはあそこまでドイツ国民に支持され、国を動かし得たのだろう?と考えてきました。

 よく言われるのは「演説がうまかった」「宣伝がうまかった」ということですが、それだけでは納得できる説明にならない。

 もちろん、当時の時代状況、政治状況があって、ヒトラーとナチスの政策がそれに対応し、人々の生活を救った。ニーズに応えた・・・ということはあるでしょう。

 しかし、それも全体の要素の半分に過ぎないと思います。

 ではあとの半分は何なのか?

 

 この映画ではエンディング近くにその一つの答えになるようなセリフが、ヒトラー自身の口から放たれます。

 正確ではないけど、だいたいこんな意味です。

 

 「私が人々を扇動したのではない。人々が私の中に自分を見つけたのだ。だから人々は私に従った・・・」

 

●自分の中にヒトラーがいる

 

 この映画のヒトラーは、すごく人間的です。

 けっして極悪非道な悪人とか、冷酷非情なマシーンのようには描かれません。

 時おり爆発するエキセントリックさも、狂人的というよりは人間の持つ弱さの表れ、と取れる。

 今風にいえば、そうした弱さ・ダメダメさ・滑稽さも共感を呼び起こす要素で、それらも含めて「人間力」のある人として描かれるのです。

 

 僕の中にもヒトラーがいる。

 大勢の人に影響を及ぼし、気に入らないもの、自分を傷つけ、自分を貶めるものを差別し、可能なら抹殺したいという願望が心のどこかに潜んでいる。

 

 これはこのヒトラー役の俳優さん(および監督の演出)の力だと思いますが、その目には何とも言えない優しさ、人間であることの哀しさ・切なさを湛えていて、それがひどく印象に残りました。

 

 いずれにしてもドイツの人々、それに日本も含め、世界の人々は、現代社会に生きる限り、ヒトラーやナチスの幻影から逃れられない。

 この70年以上前の事象を抱え、折に触れて考えながら生きていかなくてはならないのだと思います。

 

 

2016・10・19 WED