シェイクスピアといえば、頭の禿げたちょびひげのおっさんの顔が頭に浮かぶが、2009年にこの新しい肖像が発見されたそうです。若い!故郷のストラトフオード・アボン・エイボンからロンドンに進出して、ばりばりに芝居をやり始めた頃でしょうか。
週末に「イギリスを知る会」主催の「シェイクスピア没後400年の魅力」という講演を聞きに行ってきました。
講師は三輪えり花さんという舞台女優および大学の先生で、イギリスの大学でアプライドドラマ(応用演劇)――観るための演劇でなく、経験する演劇――を学んだとかで、大学では「行動表現教育」というものを行っているらしい。
講義前段のその話を聞き、僕もかつて演劇をやっていたので、さんざん舞台上(あるいは稽古場)で人殺しをしたり、自分も死んで生き返ったりしたなぁ、ということを思い出しました。
快楽殺人とか、いろいろ奇怪な事件が起こるたびに世間は大騒ぎするけど、僕はもともと人間の中にはそういうドロドロしたマグマがあって、それは死ぬまで消えてなくなることはないのだと思います。
ただ、成長の段階で自然とそれを抑えるすべを覚えていくのでしょう。ただ、飼い犬が何かの拍子に突然、野生の本能(オオカミ時代の狩りの記憶?)に目覚めたりするように、そうしたマグマが噴出することがある。やぱりどこかでそういうガス抜きみたいなものは必要なんではないでしょうか。
演劇からは30の頃を境に遠のいてしまいましたが、時々、ああいう経験をしていて本当によかったなぁ。自分の財産だなぁと思う時があるのです。
彼女の学んだアプライドドラマと、教えている行動表現教育というのと、僕の思い出したそれとが同じものかどうかはわからないけど、何か共通するものがあるのかなぁ・・・と思います。
あとから聞いた話だと、三輪さんは、最近は外部から頼まれる講演だと、ボイストレーニングとか、自分を印象付ける立ち居振る舞い方だとか、そういう自己啓発関係の線で講演を頼まれることが多い・・・とか。
、たぶん、行動表現教育ってそんな目先の利益を目的とした自分ブランディングとは違うものだと思うけど、今の時代、そういうニーズがあるからしかたないのでしょう。
僕もそうだし、三輪さん自身も子供時代そうだったようだが、これからますます「人間が苦手」という人が増えてきそうだから、こういう学問って、もっとメジャーになっていっていいように思います。
というわけで、シェイクスピアについては、いろいろ作品を見たり紹介したり、お言葉をパクったり引用したり・・・をしている割には、いまいち中途半端な距離を感じてしまう。この距離を縮めるにはどうしたらいいのか・・・という話を書こうと思ったのに、違う話になってしまいました。それはまた次の機会に。三輪さんの本――アプライドシアターに関する翻訳を読んでみようと思います。
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