なんだかトホホな顔のネコ。
よく見るとニャンと鎖でつなかれております。
今日はマイナビ農業取材で、あきる野市の「浅野養鶏場」へ。
ここは超ブランド鶏「東京しゃも」の養鶏場。
採卵用の鶏も含め、1万羽が飼われていますが、その鶏を狙って裏山からタヌキが出没すると言います。
そして、このノラネコもタヌキとともに鶏を狙って侵入したのです。
しかし主の浅野さんと愛犬・番犬のチェリーに見つかり、タヌキは山に逃げたが、ネコは逮捕。
かわいそうだが、つながれてしまいました。
浅野さんは鶏の声や表情を読み、パラグライダーで空も飛んでしまうという鳥(超)人で、大の動物好き。
鶏に手を出さなければ解放して、可愛がってくれると思うのだけど、野性の本能を抑えられるのかニャー。
うちのカミさんは子供や動物にモテる。
べつに子供や動物が大好きというわけではない。
むしろ子どもに対してはいたってクールだし、ペットを飼ったこともないし、ネズミ類などの動物は大嫌い。
だけどなぜだか子どもはよくなつくし、言うことをちゃんと聞く。
僕は道でネコに会うたびに対話を試みるが、ほとんど相手にしてくれるネコはいない。
なのに、彼女にはイヌもネコもクンクン、ニャーニャー寄ってくる。
なんで?
こういうのは生まれ持っての才能なのか?
(彼女はその才能を活かして、小児鍼という、子供を診る鍼をやっている)
子供や動物を愛してやまないという人ならわかるが、どうも納得できない。
なんだか不条理だ。
長らく僕にとって人生のミステリーとして濃い影を落としている。
なにかコツとか、ノウハウとか、心がけとかあるのかと聞くと、
「そんなもの、あるわけなでしょ」と一蹴される。
思えばこの20数年、そうしたやりとりを繰り返して暮らしてきた。
長く生きて、いろいろ経験を積めば、その謎が解けていくのではないか。
なるほど、そういうことだったのかと、いつかすべての霧が晴れる日が訪れるのではないかと漠然と思っていたが、どうもそういうものではないらしい。
わからないやつには一生わからない。
バカは死ななきゃ治らない。
これはそういう類の事象だ。
ネコにすり寄られようが、無視されようが、人生の大きな損失になるわけじゃないのだが、やっぱりちょっと悔しい。
でも彼女が子供やイヌ・ネコにモテた話を聞いたり、目の当たりにするのは悪くない気分である。
人間も世の中も理路整然とはしていない。
ロジックにとづいて動いている物事はむしろ少なく、大事なことは不条理だから面白かったりもする。
すべてのミステリーが解決して、空には一片の曇りもなく、影もなく霧も出ない人生はかなりつまらなそうだ。
いずれにしても、そういう才能に恵まれなかったぼくも、しゃーないから少しは努力しようという気になる。
そしてたまにネコとのコミュニケーションに成功したりすると、得も言われぬ幸福感・充実感に包まれるのである。
●新撰組と壬生寺
壬生寺と言えば、京都に出てきたばかりの頃の新撰組の駐屯地として知られるお寺です。
嵐山線・四条大宮の近くにあり、この界隈は京都の下町風情が味わえる地域で、今にいたるまで、地域のコミュニティのおへそとして親しまれています。
境内には資料館があり、その庭には凛々しき近藤勇局長の銅像。
そしてもちろん、全国の新選組ファン巡礼の足跡も。
最近はゲーム化もされているそうで、やたらアニメチックは美青年隊士が目立ちます。
●新選組血風録
僕が近藤勇と初めて出会ったのは、司馬遼太郎の「新選組血風録」の中でした。
「虎鉄」という名刀を手にし、それを手に勤王の志士をバッタバッタと斬るのだが、じつはこの虎鉄が真っ赤な偽物。
しかし、近藤さんはこの偽物の凡刀を、自分の信念(というか思い込み)で本物の名刀に変えてしまうという、すごいけど、ちょっと笑えるお話でした。
(その後、本物の虎鉄を手に入れるのだけど、「こんな刀はなまくらだ」と言って使わない・・・というオチがついていた)
司馬遼太郎氏はなぜか近藤勇を、思い込みは強いけど、ちょっとおつむのキレが悪い、昔のガキ大将みたいなキャラとして描いて、頭がキレまくる策士の土方歳三と対比していました。
土方主役の名作「燃えよ剣」はまさしくその司馬流新撰組の真骨頂。
おかげで長らく近藤さんのイメージはダウンしたままだったけど、2004年の大がドラマ「新選組!」で三谷幸喜の脚本と、香取慎吾の演技がそれを払拭したかなという感じ。
●昭和歌謡「あゝ新選組」
その他、かつて三橋美智也が歌った「あゝ新選組」という歌の歌碑があります。
単に歌詞が書いてあるだけでなく、スイッチを押すと、いかにも昭和歌謡という歌がフルコーラスで再生。
5分近い長尺ですが、ついつい聞き惚れてしまいます。
●インドの仏像、壬生狂言
資料館の中には、その和装の近藤さんと洋装の土方さんの、あの有名なポートレートが堂々鎮座。
お寺の記録には、新撰組が境内で教練などを行って、迷惑だなどと書かれていたそうですが、それが150年以上の歳月を経て、お寺の繁栄に貢献しているのだから面白いものです。
しかし実はこの壬生寺、新撰組だけのお寺ではありません。
古くから伝わるエキゾチックなインドの仏像や、江戸時代初期から根ざした庶民のエンターテインメント「壬生狂言」と、3本立てコンテンツで見どころ満載です。
壬生狂言は年に数度行われており、ホームページから日程を調べて予約すれば、観光客も楽しめるとのこと。
●保育園・養老院を経営
壬生寺の敷地には保育園があり、養老院が二つ建っています。
奥には墓地があり、まさしく「ゆりかごから墓場まで」人生丸抱えという感じ。
資料館の受付をしていたおばさんも子供の頃からお世話になっている、と言ってました。
地域に深く根付き、文化を育てるコミュニティ拠点として親しまれる壬生寺。
国宝や世界遺産の寺院もいいけど、こうして庶民と一緒に歴史を重ねる下町のお寺もLovelyです。
約2ヵ月ぶりに八王子へ出向。
「マイナビ農業の取材」で、江戸東京野菜を生産・広報している小城プロデュース・福島秀史さんのところへ。
2時間余りにわたってたっぷりお話を伺いました。
2020年・東京オリンピックに向けて、地場野菜である江戸東京野菜の存在がぐーんとクローズアップ。
実際にその野菜を生産しながら、広報・普及活動を手掛け、江戸東京野菜の情報・ストーリーを発信している同社の活動は注目に値します。
けれども、これはけっしてオリンピック景気的な一過性のブームに終わらせない、と熱く語る福島さん。
江戸・明治・大正・昭和と続いてきた時代の食のストーリーが、この伝統野菜には詰まっています。
今日はその一つ、「伝統大蔵ダイコン」のB級品(ちょっと傷物)を購入。
畑では、希少な品種「高倉ダイコン」も収穫シーズンを迎えています。
来月は、失われた日本の原風景の一つ、高倉ダイコンの干し風景を見られる食べつくしツアーにも参加・取材予定です。
●昭和の勤労感謝はシンプルだった
僕が子供の頃、勤労感謝の日とは、働いていない人が、働いている人に感謝する日でした。
「今でもおんなじでしょ?」という声が聞こえてきそうですが、ちょっとニュアンスが違っていて、もっと具体的にその時代のイメージを話すと、
働いていない人とは子供や家庭の主婦であり、働いている人とはお父さん。
さらにそのお父さんの中でもサラリーマンなどの営利追求型イメ―ジの人たちよりも、消防士とか救急隊員とかおまわりさんとか、社会全体のための奉仕型職業の人たちのほうが感謝の対象の番付で言うと一枚上。
さらにちょっと年輩の大工さんとか植木屋さんのような職人も一枚上でした。
歌手やら俳優やら芸人やら作家やらは「勤労者」のカテゴリーには入っていませんでした。
子供雑誌などには、子供たちが感謝の心を表すために街に出掛けて、おまわりさんや大工さんにちょっとしたプレゼントをしていました。
そして家に帰ると、そういえば(サラリーマンの)お父さんも一応勤労者だね、といったオマケ扱いで、特別にお酒を飲ませてもらうという、そんなシーンが描かれていました。
●現代の勤労の観念と定義
そうした牧歌的な、わかりやすい構図の世界は、今は昔。
現代では「家庭の主婦は、働いていない人」なんて言ったら、毎日ごはん作って、掃除して洗濯しているのは労働じゃないのか!」と怒鳴られそうです。
いや、家族のためにごはんを炊いて洗濯するのは労働じゃなくて愛情だ、と返すことは出来そうですが・・・。
ほとんど身体を動かさずに一日中パソコンやスマホをいじくっている人たちも「働いている人」とは認識されにくいでしょう。
金融業でお金を動かしている人たちも、ビジネスをしているとは言えるけど、勤労しているとはあんまり思われないでしょう。
歌手やら俳優やら芸人やらも「僕たちは皆さんを楽しませるために働いているんです」と言えば勤労者だし、子供だって、おとなを幸せにするために働いているとも言えるし、そういう理屈だとペットの犬猫だって、ただゴロゴロしているだけでもちゃんと人を癒すために働いている、とも言えます。
そう考えると、現代では「働いていない人が、働いている人に感謝する勤労感謝の日」というのは成り立たなくなりそうです。
そのうち、社会のためにあれこれ身体を動かして働いてくれるのはAIやロボットだから、1年に1度の勤労感謝の日は、人間がメカに感謝する日にしよう――となりそうです。
●行為そのものへの感謝?
いや、そうじゃない。
そもそも勤労感謝の日は、働いていない人が、働いている人に感謝する日ではない。「様々な労働・勤労という行為そのもの」に感謝する日なんだ、という意見もあるでしょう。
こうなると、では労働・勤労の定義とは何か? といった哲学的命題に関わり、ドツボにはまりそうですね。
●11月23日の歴史
実は、11月23日は、もともとは飛鳥時代からあったといわれる「新嘗祭(にいなめさい)」というお祭りの日でした。
新嘗祭とは、その年に収穫された新米や新酒を天地の神様に捧げ、天皇と国民が一体となって、天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う国民的な祭典。
ところが1945年の敗戦後、GHQによる政策で、国家神道の色が強い新嘗祭を排除し、違う名前の祝日にする、ということで制定されたのが現在の勤労感謝の日でした。
なお、新嘗祭は、今でも大切な宮中行事のとして執り行われています。
●いっそ農業感謝祭に
最近、マイナビ農業の仕事をしているのに加えて、そんな歴史的経緯を知ると、勤労感謝の日は、やたら風呂敷を広げて「働く人に感謝しよう」というよりも、農産物、それを収穫する農業従事者の人たちに感謝する日と、限定したらどうでしょう。
僕たちの大切な食糧を作っているわけだからね。
食べ物に、地球環境に感謝する意味合いも含められる。
時代が変わり、ライフスタイルが変化しているのだから、祝日も変えていったらどうなのかな?
この間、麻布のインドカレー屋にいたペッパー君。
しきりに「秋はセンチメンタルな季節で・・・」などとほざいていました。
スキルアップしていないペッパー君は、しょせん単なるマスコット人形。
それをいかに賢くするかは、オーナーの人間次第ですが、あんまり賢くないダメダメペッパーくんの方が愛されるのかも。
その一方でAI・ロボット社会は確実に進行しています。
経済・産業で十分役立てられ、社会的認知が進んだら政治でも。
利権やらしがらみやら、人間の欲深さにまみれた政治の歴史を一掃。
世界各国でAI党が設立され、正義を遂行するロボット大統領とその支持者から成る政権が次々と確立され、「民主的賢人政治」に移行していた。
もし不祥事があったら、芸人やらアイドルやらが愛想を振りまいて「ごめんちゃい」と謝るか、涙を流すかして、しのぎます。
ハリウッド映画などではそんな世界になったら、ヒーローが主導権を人間の手に取り戻そうと活躍するドラマが描かれると思いますが・・・現実にはどうか?
今後は真面目にそんなことまで考えて、AI・ロボットと付き合う必要が出てくるでしょうね。
新しいラジオドラマ脚本「ばんめしできたよ」ができました。
主役のヒロコちゃん、お疲れ様。最初は男だったけど、途中で性転換しました。
おかげでちょっと色っぽい話も盛り込めた。
予定よりずいぶん延びてしまったけど、出来てしまうと何だか寂しい。
コンペに出したので、とりあえず結果待ちします。
あらすじはこんな感じです。
「あなたは人生最後の食事に何を食べますか?」
ホスピス「虹の彼方」に入居した余命わずかの人たちに、若き女性天才料理人と中年紳士の給仕人はそう問いかける。
食事は人生で最も大きな喜びの一つ。ここでは最期にその喜びを味わってもらうために「最後の晩餐」を用意する。
料理人ヒロコが入居者からそれぞれの人生の物語を聞いてメニューを考え、最後にふさわしい料理を作るのだ。
そして給仕人のモリヤは、その料理に仕上げのスパイスをかけて提供する。
「ただ食うために生きてきた」
今回、「虹の彼方」に入居してきたのはフジムラという末期がんの患者。
真面目に会社勤めをして定年を迎えた孤独な彼は、恋も夢も家族を持つことも諦め、ただ働いて生き長らえてきたことを後悔している。
何も欲せず、人を傷つけないようにしてきたのに、どうしてこんな病気になったのかと取り乱す。
そしてまた、自分は食べたい物など何もないと、メニュー作りに協力しようとしない。
そんなフジムラに対し、ヒロコはホスピスへの思いや将来の展望など、自分自身をさらけ出して奮闘。
彼の恋の記憶を引っ張り出し、実は彼も料理人になる夢を持っていたことを思い出させ、やっとメニューを作り上げる。
その日。食卓に並んだヒロコ渾身の作品。
しかしそこでフジムラは、これを最後の晩餐にしたくない、なぜならヒロコに恋してしまったからだと、胸の内を打ち明ける。
モリヤは土壇場で生への執着を持ってしまった彼を諭し、何とか食事をさせようとする。
そこでヒロコは気づく。以前から心の片隅に抱いていた疑念が解け、確信に変わり、彼女はモリヤと対峙する。
そしてこのホスピスの成り立ち、最後の晩餐の奥にある秘密、それを取り仕切る給仕人モリヤが本当は何者なのかを問いただす。
●嵐山・天龍寺訪問
京都ではいろいろなお寺を訪ねました。
清水寺や金閣寺は外から建物を見るだけでしたが、祇園の建仁寺、駅近の東寺、嵐山の天龍寺などは堂内の空間や庭園もたっぷり楽しみました。
天龍寺では達磨大師の肖像をはじめ、堂内の各部屋、襖絵、さらに庭園など、それぞれの空間そのものが美術のよう。
広々としていて清々しく、まさに心洗われ、癒される気持ちのいい空間です。
敷地内にある料亭で精進料理を食べましたが、これもまた一種の美術品で、味も雰囲気も大満足。。
仏教寺院としての毅然とした空気は、観光客でごった返していても、なんとかそれなりに保たれています。
●宗教における空間づくり
宗教において空間づくりは最重要課題です。
世俗の日常空間の中では届かない言葉・音楽・思念といったものが、寺院とか聖堂の中だとズバッと届きます。
脳がその空間の気の流れを感じとって、脳波をチューニングして合わせるかのようです。
宗教者はそのことをよく知っており、建築や内部の装飾・調度品、美術におおいにこだわりました。
目、耳、鼻、肌、そして舌も。
五感を通して、この空間に入った人たちの脳は「信者の脳」になるわけです。
●カルト宗教の空間
カルト宗教などはこれと同じ理屈で、目を付けた人間を日常生活の空間から切り離し、自分たちのアジト的空間――一種の密室に引っ張り込むことによって、洗脳します。
日常空間にいれば簡単に見破れるインチキも、そうしたカルト信者だらけのアジト的密室空間に入ってしまうと、脳が誤作動を起こして、たやすく暗示にかかってしまいます。
なにせ多勢に無勢。
正しいことを言っているのはあっとで、自分は間違っていると思い込まされてしまう。
よってインチキがホントに見え、あたかも奇跡が起こっているように錯覚してしまうのです。
●無宗教の増加とインターネットの普及
世界的に無宗教の人が増えているようです。
現代日本は、クリスマスやバレンタインなどのキリスト教行事をイベントとして楽しみ、葬祭・供養は仏教のスタイルを採り入れています。
が、内実は無宗教。
こうした日本のやり方を世界各国、真似し出したようで、「都合のいいところだけ持ってきて、パッチワークすりゃいいじゃん」という考え方が庶民の間で蔓延。きちんとした儀式や作法は、身分が上のほうの人たちにまかせときゃOKというわけです。
因果関係は明確にできませんが、どうもその背景にはインターネットの普及が関係しているように思えます。
ネット上にいろんな情報があふれ、誰でもPCやスマホでデータ化された知識を手に入れられるようになると、非科学的な物事はちっとやそっとでは信じられなくなるのでしょう。
なんといっても歴史の中で宗教が人々を支配できたのは、情報を集約し、必要に応じてそれらを求める人に分け与えることができたから。
だから宗教はありがたいもので、宗教者は偉い人たちだったわけです。
そうした長く保たれてきた虚構は、洋の東西を問わず、科学万能となった100年とちょっと前あたりから次第に崩壊。
それがこの10年あまりのインターネットの普及によって、急速に進んだ感じがします。
こうした風潮を嘆く声も聞こえますが、僕は良いことだと思います。
20年あまり前、地下鉄で猛毒のサリンガスをばら撒いたオウム真理教は、教祖が起こすミラクルを見せて信者を集めていたようですが、今のようにネットが発達していれば、くだらないスピリチュアルに引き付けられず、信者も増えなかったでしょう。
ただ、そのスピリチュアルに引き付けられたいと欲している人、洗脳されたいと願っている人が、いつの時代でも一定数いるので、話はそう単純ではありません。
こういう人たちの脳は、いつでも洗脳スタンバイOKになっているので、ほとんど防ぎようがありません。
こうした人たちを狙って、そのうちインターネットが宗教の代わりをするようになり、AI教祖やらロボット教祖が出てくるのではないかと考えると、冷汗が出ます。
●これからの宗教の生きる道
カルトは別ですが、インターネットの影響もあって、この先、広く人々を引き付けるカリスマ的な宗教者はもう現れないでしょう。
その時やっぱりものを言うのは、こうした心洗われ癒される、ひろびろ美術空間と設えた宝物。
そして、その空間を活かした「写経」などの個人的プチイベント。
そうしたものをいかに世界中にアピールするか――。
お寺もいろいろ戦略を立てなきゃならない時代だなぁと感じました。
秋晴れの農作業日和。
今日は先月、稲刈りを取材した筑波大附属駒場中学の脱穀作業の取材です。
一昨日の雨のせいで一日延期で行われました。
昔ながらの脱穀機で、生徒たちが干した稲を脱穀してお米にします。
と、自分で取材したように書いていますが、実はまたもや腰痛に襲われ、急遽、編集者M氏に代理を頼みました。
自分で行けなかったのは残念無念。
それから先日は原宿・隠田商店街(キャットストリート)の5つ星お米マイスター・小池精米店の取材も行いました。
メディアで引っ張りだこ。お米ブレンダーの小池さん、原宿・青山界隈のお米の消費事情を語ってくれました。
詳しくはマイナビ農業に記事を書きます。
先月取材の記事もUPされているので、ご覧ください。
「うわっ、ここでもチュパチュパやってる!」
最近、スーパーでも電車の中でも、やたら指をしゃぶっている子供が目につきます。
それもだいたいは親指。訊いてみたことはありませんが、おそらくいちばんしゃぶりがいがあるからでしょう。
もちろん、何らかの理由があって子供の間で指しゃぶりが流行っているわけではありません。 なんというか普遍的な習癖です。
うちの息子も一時期、これが大好きで、眠くなるとしゃぶり始めます。
「うわっ、始まった」
と思ったら、ものの1分もしないうちに寝息を立てはじめるのです。
指しゃぶりの前は「ぐゎぐゎタオル」でした。
お気に入りのクマの絵柄のバスタオルがあって、洗濯を重ねてかなりくたびれてきて物ですが、そのくたびれ具合が手でつかんで、しゃぶるのにちょうどよかったのでしょう。
まだ喋れない1歳前後の頃、いつも「ぐゎぐゎ」とそのタオルを求めて端っこの方をしゃぶっていました。
それでいつも不思議に思ったのが、そのタオルを指す「ぐゎぐゎ」という言葉。
「ぐゎぐゎ」って何だろう?
「くまクマ」って言ってるのかな?
夫婦で考えてみましたが、謎は解明されませんでした。
それが最近、妻が外国人から英語圏でも同じようなシチュエーションで[Gua Gua」という言葉を発すると聞いたのです。
どうもこの「ぐゎぐゎ」いうのは食べ物につながる言葉で、世界中の子供が使うらしく、世界共通言語のようです。
幼い頃は国や民族の区別なく、みんな共通の言葉を持っていたのでしょう。
とくに食べるというのは生存の基本条件なので、それに関する伝達表現はいち早くマスターするのだと思います。
というのはあくまで仮説ですが、けっこう信ぴょう性の高い話。
幼い頃の息子の友達だった、日本とオランダのハーフの女の子は、話す相手と状況によって、日本語・英語・オランダ語を縦横無尽に使い分けていました。
プリミティブな脳は、本当にすごいなと思った。
いろんな国の人・いろんな人種の人と言葉が共有でき、対話できる。
――そんなオープンでプリミティブな脳の機能が、いつでも取りもどせるといいのになぁ。
先月末から今月初めにかけて有楽町・交通会館で開かれた「学べる終活テラス」。
月刊仏事の取材で出向きましたが、実行委員会の代表に話を聞くと、最近、国境なき医師団の日本支部へ「資産を遺贈したいのだが・・・」というメールだか電話だかが頻繁に来るとのこと。
それで実行委員会にどうしたものかと相談が来て、その結果、今回のイベントをすることになったのでそうです。
お金も予約も要らず、誰でもフラッと立ち寄れる、というのがコンセプト。そして注力テーマは遺贈。
高齢者人口の高い有楽町という場所が良かったのが、結構集客できたようで、今日来たメールでは、4日間でのべ約400人が参加したそうです。
どうも貧乏人はお金さえあれば人生OKと考える傾向がありますが、あればあったでいろいろ心配事や面倒なことも多そうです。
そしてまた、それまで私利私欲に走っていた人も、いざ人生を締め括る段になると、自分がやってこなかったことに関して、あれこれ悩むことになるのでは・・・。
いずれにしてもお金の余っている人、血を分けた家族同士の血で血を洗う「争続」を見たくない人は、すすんでこうした社会活動に遺贈してほしいと思います。
自分の財産がみんなのために、未来のために生きれば、こんなに幸せなことはないよね。
祇園にある京都最古の禅寺・建仁寺の法堂天井画の「双龍」。
すごい迫力だが、どちらもどことなく愛嬌のある顔をしています。
京都の神社仏閣を訪ねると、やたらとあちこちに龍がいます。
思わず「います」と言いたくなる存在感・実在感が京龍にはあります。
このお寺ではほかに桃山時代に描かれた襖絵の雲龍もいます。
そんな大昔の絵なのにずいぶんきれいだなと思ったら、この寺ができて800年の記念事業の一環で、京都文化協会とキヤノンの協力で、全部で50面ある襖絵を高精細デジタルで複製したということ。
現代のテクノロジーの力で復活した京龍。まさしく日本のジュラシックパーク。
嵐山にある天龍寺の法堂の天井にも「雲龍」がいます。
こちらは撮影禁止でしたが、八方にらみの龍で、円に沿って堂内を一周すると、どこに行っても龍に睨まれている感じがします。
けれども、これもまた睨まれて怖いというより、いつも見守ってくれているという安心感を感じます。
この天井画の雲龍は、もともと明治時代の日本画家の筆によるもの。
龍は水の守り神。
海がない代りに豊かな水を湛えた琵琶湖が控えています。
明治維新後、天皇は東京に移り住むことになり、いっしょに公家や大名も去って京都は都の地位を喪失。経済的にも大ダメージを被りました。
お得意様をなくした町人たちは、自分たちの手で京都の街を再建し、生活の糧を得なくてはならなくなったのです。
敢然と立ちあがった京の明治人たちは、脳も筋肉もフル回転。
その再建事業の一つとして、永年夢見た琵琶湖の利用開発に着手。
豊かな水を利用して運河を開いたり、水力発電を行うことに成功しました。
明治時代に描かれた龍は、この明治の京都人たちの意気地と、琵琶湖疎水の象徴だったのかも知れません。
二つの天井画は、天龍寺の「雲龍」が2000年に、建仁寺の「双龍」が2002年に、それぞれ著名な日本画家によって新しく描き直されました。
明治の龍がどんな筆致だったのかは分からないけど、豪壮で勇ましく権威を感じさせる龍から、優しくし親しみやすい守り神のような龍に変わったのではないかと想像します。
京都の水はやわらかくて、おいしい。
だから21世紀の京龍は、Lovdelyなのかなぁ。
今回の京都旅行は22年ぶり。
22年前に行ったときは、カミさんのお腹の中には息子がいました。
時が経つの速いこと、速いこと。
悠久の古都・京都もこの20年余りの間に大きな変貌を遂げていました。
その最たる現象が、外国人観光客とキモノ女の大増殖。
●グローバリゼーションとITを体感できおすえ
東京でもそうですが、近年やたら外国人が増えたなと思ったら、JapanRailPassという、外国人しか買えない全国のJR共通の切符があり、これを使うと東京・大阪間を新幹線で往復する程度の費用で、1週間日本中のJRが乗り放題。
僕もかつてユーレイルパスという欧州一帯乗り放題の切符でヨーロッパ中を旅して回ったことがありますが、それと同じようなものです。これはお得!
というわけでオールドジャパンの情緒・風情と、世界遺産の神社仏閣目白押しの京都は東京と並ぶ超人気観光地。
そぞろ歩けば、中国語、韓国語、英語、ロシア語、フランス語、スペイン語、etc.・・・世界中いろんな言葉が四方八方から耳に入ってくるわ、自撮り棒にスマホやタブレットを括りつけてバシバシ写真を撮りまくるわで、21世紀のグローバリゼーションとIT化社会を改めて実感出来ます。
●お金かせぎながらお勉強できおすえ
という状況なので、観光地で商売をしている京都のあきんどさんたちは、少なくとも商売に関する英語はペラペラ。
錦市場の丹波の黒豆茶を売っている齢80になろうかというおばあちゃんも「ディスイズ・ブラックビーンズティー。20ピーシーズ・ティーバッグス・イン・1パケッジ。ドリンク・オーケー。プロイーズ・トライ」とか、じつになんとも、いわゆるナガシマさん英語で堂々と丹波の黒豆茶を試飲販売しています。
ビジネス英語なんて、わざわざ月謝払って英会話スクールなんか行かなくても、ロンドンやNYCまで出かけなくても、京都の飲食店や土産物屋でバイトすれば、必要に駆られていくらでも喋れるようになりますよ。いっしょにお金も稼げて一石二鳥です。
語学に限らず、これからはお金払って勉強するんじゃなくて、お金かせぎながら勉強する時代。そのほうが効率的だし、やらなきゃいかんからしっかり覚える。高い教育費払うのなんてバカらしいよね~。
●着物で歩きはったらどうでっしゃろな
さてそんな中、うちのカミさんは今回、着物を着て京都を歩くというヴィジョンを持ってやってきました。
観光ガイドブックなどを見ればわかると思うけど、ここのところ京都では「レンタルきもの屋」が大繁盛。
昔から舞妓さんや花魁のコスプレをして写真を撮る、といったサービスはありましたが、そこから展開して今は、とても安いお値段でレンタル着物を着て街が散策できるのです。
今回利用したお店の場合、インターネット予約割引もあって、1日¥1980で着物はもちろん、帯、足袋(使い捨て)、履物(女物はMとLの2種類サイズ。かなり履きつぶされているものもある)、さらに着付けサービス、お荷物預りサービスも付いていました。
特に祇園・清水寺近辺は大激戦区らしく、いたるところにこのテの店が立ち並び、通りにはまるで真夏の花火大会の会場みたいハデハデの着物に身をまとった娘たちがウジャウジャしています。
ちなみにこのレンタルきもの、基本的に安いポリエステルの生地でできています。
ポリエステルなので発色が良く、見た目、ほとんどすべて浴衣に見える。
そして、着終わった後はそのままガガガっと簡単に洗濯できるのが大きな特徴。
お値段のことを考えれば、そうケチはつけられません。
ただ、素材の性質上、モノはどうしても赤やらピンクや水色やらライトパープルやらの、若い子向きの明るくハデハデなものばかり。
うちのカミさんは、幸いにもなんとか奥ゆかしい(?)柄を選び取ることができましたが、街を散策中の方の中には、結構なご年配の外国人レディが娘の浴衣みたいなのをまとって歩いています。
ま、彼女らにとっては民族衣装を着ているような意識なので、とくに問題ないでしょうが。
そんな光景を目の当たりにすると、京都では過当競争のこのビジネスも、ターゲットを、頭の中は10代・20代のエイジレス年配者にすれば儲かるのではないかな、と思いました。
●表も裏も京都のお味、楽しんでおくれやす
日が暮れるころには、お店の中は脱ぎ散らかした着物でいっぱい。
ゴミ箱は使い捨ての足袋でいっぱい。
スタッフはほとんどがお客と同じお姉さんがただけど、1日終わった後の片づけは大変だろうね。
情緒あふれる祇園の通り、清水の坂道。
レンタルきものビジネスの舞台裏。
ひと粒で二度も三度もおいしい秋の京都の旅。
そうそう、日本語出来ない人、日本の文化がわからない外国の人も、舞妓さんにはおさわりしたらあかんどすえ。
原因不明の高熱、体中に発疹、唇が乾燥して荒れまくり、かさぶたができ、食事が喉を通らない。
1971年5月、いまだに正体のわからない病気に侵され、10日間ほど伏せりました。
これが今のところ、わが人生最長の病欠経験。
それが小学校の京都・奈良行き修学旅行と重なりました。
あとから封筒に入ったお金(積み立てた旅費)を返してもらいましたが、しばらくの間、修学旅行の思い出話や写真に興じるクラスの仲間からはじき出されて、やるせない気分になったのを思い出します。
やはり思い出・体験はお金に代え難しということを、6年生でしみじみ学びました。
その時、見逃した金閣寺に、11月2日~4日まで2泊3日の京都旅行でご対面。
京都は成人してから何度か来ているし、金閣寺も割と頻繁に映像や写真で見ているし、三島由紀夫の「金閣寺」もちゃんと読んだので、まったく思いがけないことですが、なんと生で見るのはこれが初めて。
人生初金閣寺。
46年かけてのリベンジ。
というほどのものじゃないけど、ちょっとキンキラした気分です。
京都ドラゴンズ。
新選組VS勤王志士。
きもの女大増殖。
日本古来の神社仏閣ビジネス。
外国人旅行客の大郡団。
社会問題化する市内交通。
ホテル・旅館業界VS民泊ベンチャーの対決。
などなど、面白コンテンツいっぱいの旅行だったので、
今月は随時、五月雨式に「京都探訪記2017」をお届けしていきます。
どうぞお楽しみに。
ピキー、キキキキ、ピー!
と、バタバタする生後3週間の子豚ちゃん。
べつにいじめているわけじゃないけど、元気良すぎて、だっこされて子供たちが触ると大騒ぎしちゃうのです。
ちなみに体重は3~4キロくらい。
小型犬くらいの大きさで、かわいいったらありゃしない。
今日は西多摩郡の瑞穂町にある都立瑞穂農芸高校の学園祭(瑞高祭)。
例によって「マイナビ農業」の取材に行ってきました。
この学校は都内で唯一、畜産科学科のある高校で、広大な敷地の校内には畑などの農地とともに、豚や牛をはじめとする動物がいっぱいいます。
ちょっと学園祭の様子を覗いてレポートさせていただくだけで・・・と軽い気持ちで出かけたのですが、思いがけず、良い意味でヘヴィな取材になって大充実。
酪農、養豚、それぞれのリーダーの生徒(3年生)、校長先生、社会科の先生にインタビューしたり、牛舎ツアーに参加したりしました。
生徒の皆さんの話はとてもしっかりしていて、ツアーのガイダンスも素晴らしい。
この学校では動物や植物の世話なども学業の一環となっていて、話を聞くと毎日めちゃくちゃ忙しそうだけど、とても軽やかに楽しくやっているのが印象的です。
この瑞穂祭、人出もものすごく、毎年2日で4千人も訪れるとか。
畜産科学科のこうした動物ふれあいコーナーの他、手づくりのミルクやキャラメル、トン汁などの販売、園芸科の野菜やじゃがバタの販売、食品加工科の手作りみそやジャム、肉まん・あんまんなどの販売と、美味しいものも盛りだくさん。
この地域の人たちにとっては秋の大きな楽しみの一つになっているようです。
しかし、ただ楽しく――だけじゃなく、テーマは「生命に学ぶ」。
人間の食糧となる豚や牛を育て、親しんでいる高校の学園祭だけに、言葉だけでなく、お腹にずしっとくるものがあります。
晴れた秋空同様、すごく爽やかな一日でした。
良い記事にしますぞ!
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